人気ブログランキング |

「槻」(欅の大樹)の信奉・・・古代のロマン

a0117893_1322720.jpg

                       道の駅で求めた花の苗、来年のために、あえて切り落とした。はなやか。



奈良盆地 三輪山の北西麓にある纏向(まきむく)遺跡は、諸説ある中、邪馬台国の最有力地だそうな。

規則的に並ぶ掘立柱建物と柵からなる遺構群が見つかった。そこは祭政空間として使われたらしい。

そして、邪馬台国とヤマト王権が一系列の可能性もあるという。

まあ、なんとおもしろいことか。



私は、埼玉県の木でもあるケヤキが好きだ。

埼玉県北部のやしきもりの多くはケヤキ・樫・竹・ヒノキ・スギなどを植える。ケヤキはその中でも最も大樹で、我が家にも大きな欅の木が数本あった。

     ケヤキは、それぞれの季節に、さまざまな変化を見せてくれる。

 夏は、大樹の下は涼しく、クーラーのない時代でも涼をとれた。また、セミが太い幹に鈴なりだった。

 秋は、色づき、散るまであったかな雰囲気を盛り上げてくれる。

 冬、寒空に大きく細かい枝を広げた樹は、雪ともなれば細い枝々は白い花が咲いたようである。

 春、優しい色の芽吹きは、時間とともに、空を埋めていく。



そのケヤキが、古代、祭政空間を造る時、王宮を造る時の中心となったというのだ。

確かに、一際目を引くケヤキの大樹は、神秘的な感じや雄々しさを感じさせる。

広く大きく枝葉を広げるケヤキ(槻)、さらに二股の大樹の樹下が聖処とされたそうだ。

曽我家が滅びたクーデターの後、孝徳天皇らは、「大槻の樹下」で、神々に向かって群臣たちに忠誠を誓わせたという。

平城京の朱雀大路の起点にも大槻があったそうだ。

外国にも、古く、深い森や大樹や奇岩を信奉する思想がある。どこの国にもアルコールがあるように信仰も似たようなものなのか。



今度奈良を訪れる時は、ぜひ、飛鳥寺あたり三輪山麓まで歩いてみたい。

   同志社大学 辰巳和弘先生の文を読んで・・・・・・。



以前、この辺の史書や小説を手当たり次第に読んでいたことがあった。

なぜ、中大兄皇子はなぜなかなか皇位につかなかったのか。実の妹と恋仲であったとか。

額田王を兄弟でとりあったとか。なかなかおもしろい話に入れ込んでしまっていた。

まゆつばであっても、わからない時代のことゆえ、想像はいくらでも・・・。

これからは大きなケヤキを楽しみを持って仰ぎ見ることだろう。

by akaigabera | 2009-04-17 13:02
<< ラッキーandハッピー  オシ... タラの芽パーティー >>