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衝撃

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つい最近、私は初めて「山口乙矢」にあった。

写真誌上でみた彼は、私が想像した通りの少年だった。

事件は昭和35年10月12日。

日米安保闘争を中心的にになっていた当時の社会党、その委員長・浅沼稲次郎氏を、わずか17歳の右翼の少年が壇上で刺し殺したのだ。

私はこのニュースを、中1の時、ラジオ放送で聞いた。

今も忘れることのできない、心をガツンと殴られたような衝撃。

のんきな田舎娘の私には、当時、社会がどのようだったかわからなかったけれど、

何か、大きな流れを変えるような重大事件であることだけはわかった。

そして、犯人が自分と4つしか違わない17歳であることを知り、衝撃は、さらに大きなものとなった。

「なぜ、なぜ、なぜ?」

私は受け止めかねて、心が騒いだ。

いてもたってもいられない思いで、広い校庭に出、さらに校門を出、街道の松の大木を叩いていた。


そして、収監された彼は、19歳で自殺したのだ。

さらに衝撃は深まり、私の胸に強く刻まれてしまった。


映像としてみることのなかった刺殺の瞬間。

ピューリッツアー賞をとったというその写真に、50年近くも経って遇ったのだ。

当時、こんな面持ちの少年だろうかと思い描いた通りの彼の表情。

神経質そうな利発そうな細身の少年。

昔の17歳は、今の17歳より、ずっと大人だった。


彼を突き動かしたものは何なのか。

気負いだろうか、正義感か。


その後、社会は60年安保闘争を経て、

さらに、70年安保闘争へと続く。

私は、彼と反対の考えを持つようになり、かかわることになった1969年。



そして、今、日米安全保障条約について、論ずる者も少なくなった。

いつか、それが当たり前になり、人は考えなくなる。

世の中、平和に過ぎているように見えるが、そうでもない。


疑問のまま、衝撃だけが残っている。

そして、なぜ死んだのか。

少し調べてみようと思った。
by akaigabera | 2009-03-12 23:49
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