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三内丸山遺跡へ(3日目)

鰺ヶ沢の中学校はスクールバスでお出迎えなんですね。女の子はセーラー服、昔憧れていたっけ・・・。もうまずいですよね。(ハハハッ)

鰺ヶ沢の海岸で小鳥さんを探しましたが・・・残念。諦めて、晴れ渡った津軽平野に裾をひいて美しい姿を現した岩木山を見ながら、通ったことのない梵珠山の北側を通り青森へ。

大きな木を切り出して運ぶトラックに何台か遇いましたが、ほとんど車には遇わずじまい。

三内丸山遺跡へ。入場無料の上にボランティアのガイドさんが熱心に説明してくれます。5500年前から4000年前ごろまでの縄文時代の遺跡。青森を通るたび時間があったら寄ろうと、でももう何度もスルーしてました!

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膨大な量の発掘品、それぞれの品に縄文の人々の生活や心に思いを馳せさせるものが・・・。500人もの人が暮らしていたこともあるようで、ここに住む人たちは縄文時代の都会人だわと思いました。

緩やかな丘陵には野山の恵みがたくさんあったのでしょうね。小動物の骨もたくさん出てきました。

幼子を埋葬した跡も。おそらく今も昔も子をなくす悲しみは同じく深いものがあったでしょう。

集会所らしき建物、物見やぐら、祭り、今と似た生活もあったのかしら?

まだ発掘は続いているそうで、見られるということでしたので足を伸ばして。たくさんの貴重な資料が掘られるのを待っていました。

すてきな装飾品も。縄文人はオシャレだったのかな。

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これ、縄文人の失敗作なんだそうです。失敗もありますよね。なんだか親しみが・・・。

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時代によって土器の形や装飾が変化・進化。お皿も初めはなく、壺だけだったんだそうです。


柱と柱の間隔が35センチの倍数倍になっているそうで、定規のようなものがあったのかも。考えるだけで楽しいですね。

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斜面にはたくさんの野の花が・・、クリンソウももう綿毛ができていました。これコウリンタンポポと言うそうです。
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by akaigabera | 2011-06-30 00:20
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