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初めてのささら舞・・・

もちろん観光で何度か訪れたことのある場所がほとんどでしたが、1日目は渋滞で塩釜神社はスルー、塩釜港から芭蕉がたどった海を松島へ、そして瑞巌寺へ。

2日目は、中尊寺・毛越寺・達谷窟・厳美渓へと・・・。途中、稲刈り後の藁ボッチがとっても気になりました。

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中尊寺は世界遺産に指定され少し活気があるような感じが。そこで ささら舞 を幸運にも見ることができました。以前5月訪れたときは稚児行列が・・・。

祈りを捧げるようにして始まったこの舞は、義経が滅ぼした平家の亡霊達に襲われるというようなストーリーがあるようでした。

たくさんの人たちを殺してしまった義経の心の中にはそんな亡霊も棲んでいたかも知れません。

音曲に合わせ、激しくそして緩やかに踊る様には惹かれましたね。どんなストーリーか知りたくネットで調べてみましたが分かりませんでした。

歌い継がれ舞い継がれてきたささら、すてきな出会いでした。衣装もとても興味深いですね。背中に背負う人形は高山で見た人形とよく似ていました。

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那須はもう紅葉まっ只中のようでしたが、まだ低いこの地はほのかにもみじが・・・。毛越寺にて。

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芭蕉は、木曽義仲や源義経のような非業の死を遂げた人物にかなり思い入れがあったとか、義経堂にても句を残しています。
北上川を見下ろす義経が住んだと思われる場所、美しい場所でした。
昔であっても江戸から来た俳句の先生、家老のお宅や豪商・豪農宅で過ごす旅、一般の人たちから見たらかなり恵まれていたものと思われます。
たくさんの句を詠んだようですね。その中にはあまりうまくないものも・・・ちょっと人間味を感じます。
数ある中の光る数十句、できればあまり有名ではない句も読んでみたいと思いました。





    


    
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by akaigabera | 2011-10-12 09:14

復興へ・・・

日・月曜日と私立高校の公開講座「おくのほそ道 を行く」に参加させていただきました。この講座は営利ではなく地域還元のためにやっていらっしゃるとか・・・。

今回で5回目。出立の地 第一回の深川 を逃してしまったのが残念なほど、毎回盛りだくさんな芭蕉にかかわるお話、いつも心待ちにしています。

今回は栃木県黒羽のあとのコース、仙台・塩釜・松島を訪ねる旅でした。(本来ならこちらが先の予定でしたが、震災のあとすぐということで、前回は新潟へ)

先生方がご多忙の中、下見し、作ってくださる冊子もとてもありがたいものですが、冊子には載っていない芭蕉の性格や行状・背景など、おもしろくお話を頂き、回を重ねるごとに芭蕉への親しみが湧いてきます。

また、震災の地を目の当たりにすることができ、復興への思いを強く感じました。

先生方、本当にありがとうございました、そしてお疲れさまでした。

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塩釜港、桟橋付近は5m近くの津波が押し寄せたと・・・。
市内はもうほとんどが片付けられていましたが、残った建物の損傷は激しく、テレビで幾度となく見た映像がぐるぐる回って、胸が押しつぶされそうでした。
上の画像の右手建物の下の部分が上部の色と異なりますね。
津波の高さが分かります。
津波はただの水ではなくものすごいエネルギーを持った水、巻き込まれたら逃げおおせるものでは・・・。
ウミネコさん達もこの光景をみたことでしょう。

河口付近を通る45号線は、海際を走ります。道路わきには小舟がいくつも重なっていました。

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塩釜と違い松島は小島の重なりが天然の防波堤となり被害が比較的少なく済んだそうです。こうして島々を見ると何もなかったように静かに美しいのですが・・・。

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仙台に戻り仰いだ十三夜の月、少し霞んでいました。

友人と二人、仙台駅まで夕食とかまぼこを求めに。
石巻のかまぼこ、仙台ではここしか売っていません。品ぞろえが少ないので、津波の被害をお尋ねすると、まだ工場は三分の一しか稼働できていないとのこと。

二人の意見は「お寿司」に一致していたので、昨年まで住んでいた娘の家族と出かけた場所へ。
ここでも、板前さんが胸につけているネームカードに出身地がつけられていることで、震災の状況をお聞きすることができました。
やっぱりカウンターだね、と友人と。みな新鮮で大きなネタ、でも特にお勧めの金華山沖でとれたサバのおいしかったこと!塩釜の酒「浦霞」と共に。
板前さんが、お店で作っているという味噌を添えたきゅうりをサービスしてくださった。

ホテルの部屋に戻るエレベーターの中で、京都市の職員の方と。派遣されてお手伝いにという。
朝食時、同席した方は、茨城から。土・日気仙沼にボランティアにと。
日本は大丈夫ですね。時間はかかるけれど、きっと以前より良くなる。よくしなくちゃ!私たちもこれからも応援していかなければと思いました。
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by akaigabera | 2011-10-12 08:37

三内丸山遺跡へ(3日目)

鰺ヶ沢の中学校はスクールバスでお出迎えなんですね。女の子はセーラー服、昔憧れていたっけ・・・。もうまずいですよね。(ハハハッ)

鰺ヶ沢の海岸で小鳥さんを探しましたが・・・残念。諦めて、晴れ渡った津軽平野に裾をひいて美しい姿を現した岩木山を見ながら、通ったことのない梵珠山の北側を通り青森へ。

大きな木を切り出して運ぶトラックに何台か遇いましたが、ほとんど車には遇わずじまい。

三内丸山遺跡へ。入場無料の上にボランティアのガイドさんが熱心に説明してくれます。5500年前から4000年前ごろまでの縄文時代の遺跡。青森を通るたび時間があったら寄ろうと、でももう何度もスルーしてました!

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膨大な量の発掘品、それぞれの品に縄文の人々の生活や心に思いを馳せさせるものが・・・。500人もの人が暮らしていたこともあるようで、ここに住む人たちは縄文時代の都会人だわと思いました。

緩やかな丘陵には野山の恵みがたくさんあったのでしょうね。小動物の骨もたくさん出てきました。

幼子を埋葬した跡も。おそらく今も昔も子をなくす悲しみは同じく深いものがあったでしょう。

集会所らしき建物、物見やぐら、祭り、今と似た生活もあったのかしら?

まだ発掘は続いているそうで、見られるということでしたので足を伸ばして。たくさんの貴重な資料が掘られるのを待っていました。

すてきな装飾品も。縄文人はオシャレだったのかな。

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これ、縄文人の失敗作なんだそうです。失敗もありますよね。なんだか親しみが・・・。

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時代によって土器の形や装飾が変化・進化。お皿も初めはなく、壺だけだったんだそうです。


柱と柱の間隔が35センチの倍数倍になっているそうで、定規のようなものがあったのかも。考えるだけで楽しいですね。

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斜面にはたくさんの野の花が・・、クリンソウももう綿毛ができていました。これコウリンタンポポと言うそうです。
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by akaigabera | 2011-06-30 00:20

ミニ白神を歩きました!(2日目)

前日夕刻から降り始めた雨は、朝になってもやみそうにありません。朝はツバメとホオジロさんの声で目覚めました。

泊まった施設は、村の第三セクターが運営しているところ。村の方々は大きな温泉に毎日のように入りに来るそうです。なぜって家族3人以上でも月3500円で入り放題だというのですから。林檎を栽培している畑が多く見られました。

「暗門」と「白神」の名のついたお酒と麦焼酎とホタテ醤油をお土産に送ってもらい、昨日キビタキやオオルリのさんの声が聞こえた場所に。
声は聞こえても撮影するのは難。諦め、鰺ヶ沢方面の「ミニ白神」に。途中、おサルさんに遇ったり、季節道路を通ったら夏草が生い茂り、ちょっと怖い思いも・・・。

雨の勢いはひどくなるばかりでしたが、ここは町の管理で、比較的楽なコース。1時間半、奥のブナやミズナラの森も。キビタキさんが目の前に飛んできたのには驚きました。

雨音で、ブナやミズナラの心音を聞くことができなかったのが残念。熊の爪痕を見たり、さまざまな小鳥さんの声を聞きつつ・・・。

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雨の森なのに、とても美しく、雨もまたよしと感じました。

午後どうしようかと考えましたが、かねてから気になっていた鰺ヶ沢の北方の湖沼群を訪ねることに。

津軽平野は適地適作、斜面には林檎やブルーベリーが。平坦な平野の多くは見渡す限りの水田。そしてこの湖沼群の畑はほとんどメロンとスイカ。圧倒されそうなその量に驚きました。

渋滞もないので短時間でかなり北の方へ。それでは金木の「斜陽館」にと。

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斜陽館はすばらしい建物で、内部の装飾のあまりの立派さにびっくり。小説家がどういうところで育ったかみるのはとても重要なことだと・・・。

太宰は中・高時代に読んだままだったけれど、じっくり資料を読むにつけ、また読み直してみたいと意欲をそそられました。

無頼派と言われた彼の中にある繊細な心の動き、とても興味深く感じました。

鰺ヶ沢に戻り、舞の海の後輩という立派な体の方が経営する民宿に泊。お魚、うまかったなあ。
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by akaigabera | 2011-06-29 23:51

白神山地を歩いてきました!(1日目)

JRのお得な切符、お得には訳ありで、観光客の少ない時期に設定されています。

すでに観光でたくさんの場所を回ったシニアにとってそんなことは関係ありません。かえって混雑もなくじっくりのんびりの大人の旅を楽しむことができる時期。

ほとんどの場合、到着地でレンターカーを。大まかな予定しか立てないで、天候に合わせ、地図を頼りに気になるところを回るようにしています。

「はやて」で大宮から新青森までちょうど4時間。このチケットでは「はやぶさ」には乗車できません。(これも仕方がありませんね。)
 
一日目、「暗門の滝」へ。沢伝いの平坦な道ががけ崩れで通行不能のため、ブナの林を上り下りしましたので、3時間余り。第三の滝、そしてさらにきつい第二・第一の滝まで。達成感ありました。

たくさんの水分を含んだブナの森。滝や水場はそこここにあるのかもしれませんね。

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第三の滝
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第二の滝
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第一の滝
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前日は雨だったらしく、滝に近寄ると、しぶきで濡れて、ミストの中にいるよう・・・。滝の脇の崖には、曇ってしまいましたけれど、キスゲの花が。

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緑一色、芽ぶきの季節と異なり、緑の色も似て非ではありますけれど、限りなく同色に近いですね。

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心の洗われる山歩きでした。

西目屋村泊。
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by akaigabera | 2011-06-29 23:15

古き良きもの・・・

昨日は新潟県の塩沢町へ習い事の研修に・・・。

奈良時代ころから作られていたという上布。ちょま という麻を使った織物です。

NHKのTVでも取り上げられていましたけれど、茎のような所を細かく割いて糸のようにするのですから、それは見ていただけでも気の遠くなるような細かな作業でした。

雪深いこの地方は冬農作業ができず、男たちは越後杜氏として出稼ぎに出、お嫁さん達は機を織って家計の足しにしたのだそうです。

越後上布と呼ばれる麻の織物は、本物は今は手も出ないほどお高いもの。触れさせていただきましたが、蒸し暑い日本の夏にはぴったりの素材。

風も通り、汗も吸い、雪ざらしすれば再び蘇る、なんてすばらしいのでしょう。
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日を浴びて雪が溶けるときオゾンが発生するとか、雪の上に布を並べ、この作業をシミや黄ばみがなくなるまで数十回繰り返すそうです。雪ざらしは植物繊維だけ、絹のように動物性のものは人間の肌のように焼けてしまうのでダメなんだそうです。

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かんじき とても優れもの。ブーツでは何度も雪に埋もれて抜け出すのが大変でした。周りは雪原。夏は田んぼだそうです。

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一方、本塩沢(お召)や塩沢紬は絹で作られます。繭から製品まで並べて撮らせてもらいました。

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そして美しい糸の数々。

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これに文様が施され、織りに回されます。

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どれをとっても根気のいる仕事、頭が下がります。

この織り物には様々な工程があり、分業したそれぞれに熟練が必要で、どの部分が欠けても一反の織物はできず、後継者の養成が難しくなっていて、廃業する工房も増えていると・・・。

一反の中には織る人の感情が表われ出るそうな。乱れた感情は布に残ると・・・。ですからいつも平常心を保って織るように心がけているということでした。

こうして多くの人の手を経て、さまざまな感情を織りこんでできる織物。本当に大切に纏わなければと思わされた研修でした。



ランチはこの地では有名な へぎ蕎麦 糸の糊として使う海藻ふのりが練りこまれているそうです。こちらでいただくお蕎麦の二枚分はありましたが、完食。とてもおいしかったです。もちろんお土産もこれ。

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トンネルを抜ける前後、全く違う景色、お天気。

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雪国の生活は大変。でもきっと雪が溶け花咲く春が訪れたらきっと私たちの何倍もその美しさと喜びを感じるに違いないと確信しました。
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by akaigabera | 2011-03-08 09:25

上高地に・・・

高校時代の友人ご夫婦は一年に一度、近場に住んでいる部活の仲間をお山に連れて行ってくれます。

4:30出発。連日の3時間睡眠にちょっと疲れを感じていましたが、心配したのにすてきな晴れ、美しい自然を見ながらの快適なドライブに疲れも飛んでいきます。

上高地は一昨年ツアーで訪れたのですが、不完全燃焼のまま。今回は明神池まで足を伸ばせるということで楽しみにしていました。

大正池→河童橋→明神池と、4時間半ほどの道のり。途中、美しい新緑と雪を頂く山々、清楚な野草たちを愛でつつ・・・。時間を気にせず景色のよいところで立ち止まりつつ・・・。

大正池。活火山の焼岳の噴火により梓川がせき止められてできた池。昔より小さくなって、風情を醸し出していたという立ち枯れの大木も今はほとんどなくなってしまったとのこと。
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観光タクシーの運転手さんはとても熱心な方で、お奨めの行程を地図にマーカーで示してくださった。大正池では記念撮影も。ウエストン碑に献花する小学生の息子さんの写真も見せてくださったり。「ぜひ、上高地のよいところをたっぷり見てほしいんですよ。」と。結局、帰りもこのタクシーを呼ぶことに。帰り、たくさんのタクシーが待つ中、彼の車は順番の列に並ぶことなく、客を乗せてきたその足で私たちを乗せ戻ったのですから、日ごろから心のこもるサービスで成績を上げているに違いありません。運転手さんが教えてくれたコースは本当に納得!だったんです。

田代池。ここは絶対に立ち寄りたい場所。砂地のような湿地に清らかな水のせせらぎが。マガモさんのカップルが二組。こちらで見逃したウワミズザクラも満開。やわらかなブラシのような白い花、かわいらしいかったなあ。
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河童橋にて。満開のズミの花の間から見る穂高は格別。
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明神池。この池は穂高神社奥宮の中にあります。
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途中には美しい湿地も。
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友人は若いころから山好き。旦那様も岩をやっていたくらいだから相当なもの。今も仲良く山に登っている。途中、どのくらいの速度で歩くのかやってみてもらうと、「こんな平坦なところならこんな感じかな」とまるで走っているよう、びっくり。
朝早く行動するのを教わったのもこのご夫妻から。彼女いわく山の朝は本当にすばらしいから・・・と。午後になっては味わうことのできないすばらしい景色と出遇える瞬間があるそうな。朝露・朝もや・・・。
来年3月のご主人の再退職後は、セカンドハウスとして使うつもりで購入した大きな車の後ろをフルフラットにして、のんびり旅をする予定とか。別荘は使う機会も少なく同じ場所、それより動く別荘をということのようです。すてきな発想。山友の二人だからすぐにでも可能なこと。
私も仕事辞めたらそんな旅をしようか。
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by akaigabera | 2010-06-14 12:13

時間が経つのは・・・

実に早いですね。

大したこともせずに過ごしていますのに、あっと言う間にもう3週間も。

山形の旅の目的は、おいしい山形牛を食べること、銀山温泉、最上川下り、羽越本線に乗って日本海の夕焼けを見ることでした。

新緑の山形では美しい景色が第一のご馳走。目的にはない出会いがありました。これも細かく予定を経てない旅の醍醐味の一つ。

銀山温泉は、昔、銀を含む鉱石の採掘で栄えたところ。渓流をはさみ旅館の並ぶ景色は風情たっぷり。木造の3階建ての古い旅館もそのまま残っています。
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銀鉱山に向かう途中には滝と清流が。近くにはニリンソウが群生していて彩りを添えていました。
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銀鉱山の中で写すとこんな色に。光が当たると何かあるのでしょうか。
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木造の旅館には様々な細工が凝らされて。旅館を作るころ、すばらしい技術を持った左官屋さんがいたらしく、これもこて一つで作ったそうです。
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渓流沿いの古い旅館も趣深くいいかなと思いましたが、お手洗いが共同ということで尻込みしてしまいました。

新しいホテルだったけれど、美人のおかみさん・従業員の心のこもるおもてなし・お料理もおいしかった。

何よりうれしかったのは、中州のある渓流に飛び交う小鳥たちを寝湯につかりながら見られたこと。

そして若い女の子が着替えて「花笠音頭」を。これがやってみると意外に難しい。
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最上川下り、「芭蕉丸」(みんな芭蕉丸なのですが・・・)に乗って往復。往復する人は少なく、おかげで良い場面を見ることができました。
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ウミネコがいましたので尋ねますと、海から40キロくらい離れているそうですが、上ってくると。
県の鳥はオシドリだそうで、時折オシドリさんにも。

船頭さんは60人ほどの命を預かる大変な仕事。最上川の表情は毎日異なり一日として同じ流れはないのだそうです。

復路、若いお嬢さんたちが別の船の船頭さんに手を振っていたのでお聞きすると今日初めて一人で操縦する旦那様の晴れ姿を見にきたのだと。
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そんな新妻に、すてきなお人形を。鈴木清風旧居にて。
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帰りの羽越本線の特急の窓が汚れていて、美しい日本海の夕焼けはお預けとなりました。


   美観にも「なんも感じね」と農夫言い

   デビューする船頭の新妻はにかみぬ

   こてのみで壁絵描きし左官あり

  


 
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by akaigabera | 2010-06-06 07:25

いたく気にいったようですね・・・

松尾芭蕉は150余日の旅の内40余日をこの時期の山形で過ごしたそうです。

美しい雪山・早苗の植えられた田んぼ・みずみずしい若葉・おいしい山菜、そして人情味あふれる山形の人々、分かる気がしました。

尾花沢の鈴木清風という方のところにも数日お世話になったようですが、私はその清風に心をつかまれました。

俳句もたしなむ粋な風流人の豪商。
江戸に紅花を売りに行ったところ、江戸の商人達は紅花を買いたたこうと結託してひどい安値の申し出。憤った清風は、紅花をすべて焼いてしまった。紅花の値段はうなぎ昇り。清風が焼いたのは実はほんの一部で景気良く焼いたのは鉋屑。清風は巨額のお金を儲ける。そして清風はその金は宵越しのあぶく銭とて、吉原を3日借り切り遊女たちにお休みをあげたそうな。大名でも大変だという花魁がこの清風の心意気に惚れ込み恋仲に。

豪胆なすてきな感性のお人ですね。この話を読んでいて俳句を一つも覚えて来なかったなあ。

清風のお屋敷の鳥さん    タンチョウさんの子育て、この辺りにもいたのかもしれません。
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ウズラさん。
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カモさん、種類は分かりません。生活のいたるところに生き物が・・・。
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日常使われていた品々、雪国らしいものも。またこんなのを着て旅したのかななんてものも、想像が広がって・・・。
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町を外れて平野にでれば、美しい雪山が。
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ランチに寄った焼肉屋さん。私は山形のそばを食べたかったけれど・・・。1050円で目にも鮮やかな厚切りカルビが。それにもましてコーナーに設けられたテーブルには、今朝採って料理したという山菜の料理が並べられていて食べ放題。お肉が来る前にあんまりたくさん食べたので、すでに満腹。でもお肉は美味、写真を撮るのも忘れてぺろりと平らげてしまいました。それにしてもおいしかった、コシアブラのテンプラ、山菜とお肉の炒め物、コゴミのごま和え、知らない山菜山ほど。
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おいしい旅は大好き!



昨日、ユリにははまっている方の奥様から、かわいらしいユリの花を頂いた。

少女たちが集まって楽しいおしゃべりをしているような明るい感じ。

息子のためにお持ちくださったのだ。

さりげなく・・・本当にありがとうございます。
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by akaigabera | 2010-05-25 06:57